【インタビュー】災害時に誰も置き去りにしない街へ。
“外国人×防災”を軸に、目黒区の持続可能な防災の仕組みを築いた3年間の軌跡

前例も、正解も、マニュアルも、何もない。

「一体何から手をつけたらいいんだろう…。」

もし、あなたがそんな難しい課題に直面することになったら、どうしますか?

東京青年会議所(東京JC)の目黒区委員会が向き合ってきたのは、まさに“同じ地域に住む外国人と相互理解を深め、当たり前のように一緒に暮らしていくにはどうすればいいのか?”という、難題でした。

実は近年、目黒区では高度人材や大使館勤務といったアッパー層の外国人移住者が急増しており、区全体としても“地域と外国人の共生”が大きな課題となっています。

彼らはその答えを探すべく、“目黒グローバルフェスティバル”を企画・開催。3年間のプロジェクトとして地域と外国人を取り巻く環境を整えていきました。

  • 1年目:外国人住民の孤立解消
  • 2年目:企業における外国人労働者受け入れ環境の向上
  • 3年目:外国人と地域が手を取り合う防災の仕組みの構築

その中でも、特に3年目の“外国人×防災”というテーマは、一刻も早い対策が必要でありながら、なかなかスポットライトの当たらない課題でした。しかし、目黒区委員会は、そんな社会の隙間に埋もれていた課題を見つけ出し、地域の人たちだけで持続的に取り組める防災の仕組みを構築したのです。

その功績が高く評価され、2023年開催の“第3回 目黒グローバルフェスティバル”は、日本全国の青年会議所がおこなった国際系の事業の中から、最も優れた取り組みとして選出。翌2024年、見事“最優秀国際協力プログラム賞”を受賞するという快挙を成し遂げました。

彼らは一体どのようにして、“外国人×防災”という深いテーマを見つけ出し、地域を巻き込んでいったのでしょうか。また、プロジェクトを進める中で直面した困難や、それを乗り越えた先で感じた成長とは何だったのか。当時の目黒区委員会委員長を務めた青木 英太くんに、街を動かしたプロジェクトの舞台裏を語っていただきました。

――なぜ、“外国人×防災”をテーマにしたのでしょうか?経緯を教えてください。

【青木】
きっかけは、目黒区内にある“東京インドネシア共和国学校”へのヒアリングでした。目黒区委員会では、区内の中学生を対象にした“目黒英語スピーチコンテスト”を毎年開催しており、その審査員を同校の先生にお願いしていた経緯があります。その繋がりもあって、学校で何か困っていることはないかお話を聞きに行ったところ、話題に挙がったのが“防災”だったんです。

詳しく話を聞いてみると、驚くべき事実が分かりました。文部科学省のルールに則った一般的な学校では、行政の指示のもと、災害マニュアルや備蓄品、避難訓練の体制が義務付けられています。しかし、国内にある外国人学校やインターナショナルスクールのほとんどが、それに該当していないんです。そのため、東京インドネシア共和国学校では、行政による具体的な指導はなく、そのことから定期的な避難訓練は実施されず、備蓄品も完備してない状態でした。

もしも災害が起きた場合は、大使館から物資を運んでもらう想定になっているとのことでしたが、大震災で道路が寸断されたら物資は届きません。それに、大使館にそこまでのマンパワーがあるかも分かりません。加えて、学校は救急車も入りにくい住宅街の奥まった立地にあり、非常に危険な状態でした。

「これは目黒区の、いや、日本全国の外国人学校やインターナショナルスクールが抱える、早急に解決すべき課題だ」

そう確信した私たちは、これを解決するための社会開発運動(JC運動)として、“外国人×防災”をテーマにした防災啓発イベントの企画を始めたんです。

――なるほど。外国人×防災は、見過ごされがちですが決して放っておいてはいけない課題ですね。ですが、そこから誰もやったことがない全く新しい運動をつくりあげていくのは、かなり難しかったのではないでしょうか。詳しく聞かせてください。

――各団体を巻き込んでいく中で、何が一番の課題でしたか?それをどうやって乗り越えたのでしょうか。

【青木】
今回のプロジェクトは、地域の町会、目黒消防署、目黒区役所と連携しながら進めていたのですが、各団体と学校に繋がりがないことが最初の課題でしたね。特に地域町会は、長年固定されたメンバーで運営されていることが多く、そこに日本語がほとんど話せない生徒や教職員もいる外国人学校をどう結びつけるか、そのアプローチは慎重におこないました。

最大の課題は“言語の壁”でしたね。私たちメンバーも含めて英語やインドネシア語が堪能なわけではありません。イベントをやろうにも、“通訳者が圧倒的に足りない”という現実にぶつかったんです。

ですが、諦めずに区役所の防災課へヒアリングを重ねる中で、ある隠れたリソースを見つけました。それが、行政に登録されている“災害時言語ボランティア”という有志の団体です。

東日本大震災などを教訓に作られた団体なのですが、幸いにも目黒区では大きな避難所を開設するような大災害がなかったため、登録されているだけで、実際の避難訓練などで活動する場がなく、事実上機能していない状態だったんです。

「このボランティアの方々に、イベント当日の通訳と避難誘導を担ってもらえば、彼らにとっても実践の経験を積む最高の場になるのではないか。これは区役所(行政)側にとって、大きなメリットになる!」

そう気付いた瞬間、学校、町会、消防署、行政、そしてボランティア。関わる全員が“ウィンウィン(Win-Win)”になる絵を描くことこそが、このプロジェクトを成功させるための最大の肝だと気づいたんです。

私は、「難しい課題に直面したとき、JCが全てを解決してはいけない。」と思っています。本当に大事なのは、私たちJCが主体的に解決してしまうのではなく、地域の方々自身が課題を解決できるようになること、そしてそれが続いていくことです。JCが表立って動くのではなく、黒子となって、持続的な課題解決に繋がる仕組みを作る。私たちは、この考え方を軸に運動構築をしていきました。

――“東京JCが離れた後も地域で続いていく仕組みづくり”こそが運動の肝。先を見越した巻き込みを意識されていたことが、アワード受賞という最高の結果に繋がったのですね。

――イベント当日の様子と、どのような成果があったのかを教えてください。

【青木】
当日は、日本の最新の備蓄品(技術革新で美味しくなったデニッシュパンなど)を食べる体験型座学から始まり、目黒消防署での起震車体験、消火器の訓練、煙ハウス体験、VR訓練など、徹底して“楽しく学べるアクティビティ”として3部構成で実施しました。とにかくインドネシアの子どもたちの国民性が明るくて、会場は大盛り上がりでしたよ!

成果としては、関わったすべての団体に喜ばれる、Win-Winが生まれました。

学校側は日本流の避難行動を身につけ、町会は学校との確かな繋がりを持てた。眠っていた言語ボランティアの皆さんは、初めて実際の現場で通訳をするという貴重な経験を積み、ボランティア同士の横の繋がりもできた。そして、目黒消防署の職員さんからは、「外国人に対してどう身振り手振りで消火器の使い方を教えるか、自分たちの貴重な訓練になった」という嬉しい声をいただいたんです。

こうした活動の様子はNHK国際放送局にとりあげられ、インドネシア国内で放映されるなど、大きな反響を呼びました。

最大の成果は、この事業をきっかけに、目黒区とインドネシアが正式に“防災協定”を結ぶまでに至ったことです。単発のイベントで終わることなく、継続的な防災支援にまで結びつけることができ、大成功の運動となりました。

座学で防災を学ぶインドネシア学校の学生たち
体験型で楽しく学び、大盛り上がりの1日でした

――素晴らしいですね!関わるすべての人に良い効果をもたらした運動だったからこそ、東京JCの手を離れた後も持続可能な流れができたのですね。

――この大きな運動を率いたリーダーとして感じたことや、共に汗を流したメンバーたちの成長について教えてください。

【青木】
しつこいほど現場に足を運び、ヒアリングすることの重要性を痛感しましたね。人の悩みや組織の本当の課題は、1回や2回会っただけでは絶対に教えてもらえません。信頼関係があって初めて、真の課題が見えてくるんです。ここを怠ると、解決策が丸ごとずれてしまい、真の課題解決につながらない、中身のない運動になってしまいます。

今の時代、AIに聞けばそれらしい課題も解決策も、ある程度つかめます。だからこそ、現場に行って、自分たちの足で泥臭く検証した上でおこなわれるJC運動には、他にはない絶対的な価値があるんだと感じました。

この点については、目黒区委員会のメンバーも最初から深く理解してくれていて、一体感を持ってヒアリングの汗を流してくれました。そして、現場の生々しい声を聞くことで、「自分たちがやらなきゃいけない」というモチベーションに変えていってくれたんです。

何より嬉しかった成長は、プロジェクトが進むにつれて、メンバーたちがこの問題を“自分事”として捉え、自発的に動き出してくれたことです。最初は私が「この団体に話を聞きに行こう」と引っ張っていたのですが、後半になるとメンバー側から「だったら消防署にもこういう形で参加してもらいましょう!」と、次々に前向きな提案が飛び出すようになったんです。運動構築を通じて、真のリーダーシップが育っていく瞬間を、間近で見せてもらいました。

消防署の方に本格的な防災指導をいただきました

――誰も正解を知らない難しい課題だからこそ、泥臭く足で稼ぐヒアリングが必要だった。でもそれによって、メンバー一人ひとりが自分で考え、行動する主体性が磨かれていったのですね。

――最後に、この記事を読んでいる一般の方々や、入会まもないJCメンバーに向けてメッセージをお願いします。

【青木】
私たちが取り組んでいる“JC運動”とは、すでにある課題をなぞることではありません。“まだ表面化していないけれど、決して放っておいてはいけない社会の隙間に埋もれた課題”を見つけ出し、解決のきっかけを作ることです。

そのために必要なのは、AIの画面を眺めることではなく、愚直に現場へ足を運ぶ“泥臭いヒアリング”です。今回のアワードも、机の上の議論ではなく、メンバー全員が足を動かしたからこそ頂けたものだと思っています。

そして、私たち東京JCは主役となって前面に出るわけではありません。あくまで地域の人たちが自力で解決していける“仕組み”を作って、さっと身を引く。これこそが、活動の本当の面白さであり、醍醐味です。

自分が住む街のために本気で動き、社会が変わる仕組みの歯車になれる経験は、他では絶対に味わえません。それは間違いなく、自分のビジネスや人生の視座を大きく引き上げる原動力になりますよ。ぜひ、この熱い渦に飛び込んできてください!

近隣町会、目黒区長、インドネシア大使夫人にも参加して頂き、今後の連携体制に向けて大きな土台ができました。

――貴重なお話をありがとうございました!

青木さんのお話から、正解のない課題に立ち向かうことの難しさと、“地域が自力で解決していける仕組み”をつくりあげることへのやりがいが伝わりました。

目黒区委員会の成功は、決して誰かの特別なカリスマ性があったからではなく、メンバー全員の“足で稼ぐ泥臭いヒアリング”という土台から愚直に積み上げられたものでした。

もしあなたが、「自分が住む街のために、何かできることはないか」「自分の限界を超えて、圧倒的に成長したい」と思うのであれば、地域のために本気で汗を流す東京JCの活動に、ぜひ一度触れてみてください。そこには、あなたの手で街の未来を動かすという、刺激的な体験が待っています。

インタビューに協力いただいた歴代委員長の紹介

青木英太

東京都議会議員

2021年東京JC入会(31歳)
目黒区委員会 委員
2022年目黒区委員会 総括幹事
2023年目黒区委員会 委員長(34歳)
2024年目黒区委員会 直前委員長
2025年目黒区委員会 委員
2026年目黒区委員会 委員
PAGE TOP