「え、これもJC!?」横断歩道から歌舞伎町まで。街の“当たり前”を作った舞台裏

「横断歩道は手をあげて渡りましょう」

日本人なら誰もが知っているこの言葉。

実は、これを作ったのは東京JCだということをご存じでしょうか?

この言葉は、1970年代、高度経済成長とともに交通事故が急増していた時代に、東京JCが展開した“小松川運動”がきっかけとなって生まれました。
単に「交通安全に気をつけましょう」と、注意を促す声掛けに留まるのではなく、子どもが自ら実行できる“手をあげる”というシンプルなアクションに落とし込み、この動作を、地域や学校、警察を巻き込んで社会全体に定着させていったのです。

前回のコラムでは、

  • 東京JCがおこなっているのは、社会開発運動(以下、JC運動)。社会問題の根っこを見つけ出し、行政や他団体も巻き込みながら、社会のルールや常識を変えていこうとしている。
  • 目指すべきゴールは、自分たちがいなくても“社会が自走し始める状態”
  • そのため、JC運動で作り上げた“社会をより良くするための仕組み”は、企業や他団体へ積極的に事業移管(=引き継ぎ)している。

という話をしましたね。
小松川運動は、まさに、この東京JCの信念に沿って構築され、街の“当たり前”の文化になった活動なのです。街の文化となったJC運動は多々あるのですが、今回のコラムでは2015年に実施されたJC運動、“新宿イメージアッププロジェクト(通称:ぼったくりす)”をご紹介しましょう。この運動が実際にどのように構築され、社会に根付き、街の文化となっていったのか。その舞台裏をお見せします。

“ぼったくりす”は、2015年に、新宿区委員会が立ち上げたJC運動です。当時の歌舞伎町は、悪質な客引きやぼったくりが横行し、街のイメージ低下が深刻な問題となっていました。もちろん、警察や新宿区、地元の商店街もこの問題に取り組んではいたのですが、立場や性質上の制約があり、どうしても思い切った施策を打ち出しにくいという側面がありました。
そこで立ち上がったのが東京JC。非営利団体という、特定の利害関係やしがらみに縛られない強みを活かし、この問題に大胆に切り込むことにしたのです。

ここで特筆すべきは、「ぼったくりす」や「ぼったくりイヤイヤ音頭」を、単なる“新宿限定のイベント素材”として作らなかったことです。

メンバーが最初から見据えていたのは、この運動の広域展開や事業移管(=引き継ぎ)でした。

一度聴いたら忘れられないメロディや、親しみやすいキャラクター。これらは、行政や他団体が「自分たちの街でも使いたい」と、そのまま手に取って活用できる“パッケージ”として戦略的に用意されたのです。この戦略的な仕掛けと、街中でのフラッシュモブなどの大胆なアクションが相まって、運動は大きなうねりを起こします。
NHK『おはよう日本』など全国放送でも大きく報道され、“新宿の試みが全国のモデルケースになる”という期待を一気に高めました。

参考:新宿区委員会メンバーが描いた広域展開のイメージ図

2015年の活動を経て見えてきたのは、客引きと接触する前、さらに手前の段階で意識をアップデートする必要があるという次なる課題でした。そこで、2016年、メンバーはさらに踏み込んだ“仕組み作り”を展開します。

1年目の話題性をさらに強固なものにするため、2年目にはタモリさんのものまねでおなじみのコージー富田さんを起用した寸劇「ぼったもり」を企画。警視庁のピーポ君や新宿区の防犯キャラクター(シンちゃん)とも共演させることで、行政・警察・民間が一体となって取り組んでいるという姿勢を、エンターテインメントの形にしました。

さらに、運動を一過性のブームで終わらせないため、YouTuberとのコラボレーションやLINEスタンプの制作といった、デジタル・インフラへの落とし込みを強化。若年層を含む幅広い層が日常的に、“ぼったくり防止”のメッセージに触れ続ける仕掛けを構築しました。
これらと並行し、JR新宿駅構内での大規模な啓発活動を実現したことで、1年目の“話題性”を“公的な信頼”へと結びつけたのです。

このJC運動の結果、ついに街のルールそのものに変化がおきました。
新宿区客引き等防止条例の改正とパトロールの強化を実現し、高額なぼったくり被害を劇的に減少させることに成功したのです。

第二回新宿イメージアッププロジェクト寸劇 (コージー富田 ぼっタモリ)

なぜ、このプロジェクトはここまで鮮やかに社会を変えられたのでしょうか。

それは、“JC運動の構築の型”を、どこまでも愚直に守り抜いたからです。

  • 草の根活動で、街が本当に求めている“課題”を見つけ出したこと。
  • 最初から“広域展開”と“事業移管(=引き継ぎ)”を見据え、誰でも使いやすいパッケージ(キャラや音頭)として設計したこと。

現在、あの『ぼったくりイヤイヤ音頭』は、新宿を飛び越え、錦糸町や渋谷といった他の繁華街の街頭放送にも展開されています。
条例も、音頭も、キャラクターも、今はもう東京JCの手を離れ、地域の人々の手によって自走し、街を守るインフラとなっています。
小松川運動がそうであったように、私たちが本気で社会を動かすべく作り上げた仕組みは、私たちの手が離れた後も、街の新しい“当たり前”として生き続けているのです。

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