2026-04-20

わんぱく相撲は、全国約200地区で展開され、約3万人の子どもたちが参加する日本最大級の小学生相撲大会です。40年以上の歴史を誇り、現役プロ力士の中にも、かつてこの土俵で心技体を磨いた選手が数多く存在します。
ここはまさに、日本の国技の未来を担う子どもたちが、心技体を磨き合う“登竜門”。その頂点である全国大会を主管するのが、東京青年会議所(以下、東京JC)です。
その輝かしい伝統を背負う舞台裏には、凄まじい重圧と戦い続ける、わんぱく相撲を担当する“委員長”たちの姿があります。数万人規模の大会を差配し、子どもたちの未来を預かる責任――。ボランティアの枠を遥かに超えたその経験は、彼らの人生をどう変えたのでしょうか。
今回は、歴代委員長の馬場 宏平君(2024年度)、和久田 典宏君(2025年度)、そして現役委員長として走る古賀 大幹君(2026年度)の3名に、当時の本音を語っていただきました。
“人が育つ”とは、一体どういうことなのか。わんぱく相撲に捧げた、彼らの覚悟と挑戦の軌跡から紐解きます。
自分が“わんぱく相撲”の委員長!?不安7割で受諾したあの日
──わんぱく相撲の委員長を引き受けると決めたとき、どんな気持ちでしたか?
【馬場(2024年度委員長)】
絶好のチャンスだと思いました!前年、わんぱく相撲の地区大会の実行委員長を務めていたのですが、自分の中で失敗も多かったので、国技館という最高の舞台でリベンジしたい、自分を超えたいという一心で受諾しました。
【和久田(2025年度委員長)】
正直、「逃げられない…」と思いました(笑)入会3年目、ようやく活動に慣れてきた矢先の大抜擢。不安7割・希望3割でしたね。でも、声がかかるうちが華だと思い、自分を根本から変えるべく腹をくくりました。
【古賀(2026年度委員長)】
実は、30年前…私自身がわんぱく相撲の土俵に上がっていたんです!あの時もらった自信を、今度は自分が子どもたちに手渡したい。そんな恩返しの場所を作りたいという想いが原動力でした。
──皆さまそれぞれに、全く違う“受諾の物語”があったんですね……!
わんぱく相撲は、東京JCの社会開発運動の中でも、ひと際大きく歴史のあるプロジェクト。委員長就任後にどんな困難があったのか、ぜひ詳しく聞かせてください。
膨大な業務量、決断の連続、孤独な立ち上げ…。委員長職にのしかかる重圧
──実際に委員長職についてから、何が一番大変でしたか?
【馬場】
覚悟はしていたので、「大変だ」とネガティブに感じることはなかったのですが、想像を絶する業務量ではありましたね。スタッフの組閣から始まり、地区大会のサポート、委員会運営、協賛企業の開拓、外部団体との連携など。平日・休日、昼夜を問わず、わんぱく相撲のことを考えていました。
また、関わる方々の“本気度”が凄まじく、我が子を力士にしたい保護者やチームの熱量を前に、中途半端な運営は許されないというプレッシャーも感じていました。
【和久田】
2025年は、長年大会を支えた事務局の不在、さらに会場が両国国技館ではないという“例年の前提”が通用しない状況に悩まされました。例えば、土俵ひとつ作るにも、土の高さで予算が変わり、理想(見栄え)と現実の板挟みになります。正解がわからないまま、運営フローから発注内容まで全てをゼロから決断し続けなければならないのは、本当にタフな経験でした。

この日のために土俵を0から作りました
【古賀】
私は、委員長に任命された直後の立ち上げ期が一番の踏ん張りどころでしたね。2025年8月〜10月、まだ新スタッフが決まっていない中で、協賛企業や相撲連盟への挨拶、調整を全て一人でこなさなければなりません。「どんな大会にしようか」と構想を練る余裕すら持てなかったあの時期は大変でした。
──お話を伺うだけで責任の重さが伝わりますね。業務量、前例なき決断、孤独な立ち上げ……。三者三様の“重圧”は、まさに極限状態。その逃げ場のない状態からどう突き抜けたのか。次はその転換点についてお聞きします。
「自分が頑張る」を捨てたとき、組織は自ら動き出した!
【馬場】
プロジェクトがあまりにも巨大なので、「委員長は全てを背負い、常に前にいるべきだ」という固定観念がなくなりました。もともと人に頼るのが苦手でしたが、「大会や子どもたちのために何が最善か」という思考に立ち返ることで、仲間に素直に頼れるようになったんです。
これによってスタッフの意識も変わりましたね。委員長に頼られたことで責任感が芽生え、指示を待つのではなく、自主的に動き出すようになったんです。
自分が頑張るのではなく“チームが力を発揮できる状態”を作る、という、“組織で成果を出す本質” に触れたことが、私にとって最大の収穫でした。

【和久田】
当初は迷っては意見を仰ぐばかりでしたが、決断を繰り返すうちに、自分の中に“何のためにこの大会をやるのか”という判断軸が育っていきました。「前例がないなら、自分たちで基準を作ればいい」と腹落ちしてからは、決断が早くなりましたね。
また、人を動かそうとするのではなく、チームが自然と動く状態を作る意識に変わりました。その結果、誰かが困っていれば自然と手伝う動きが増え、「みんなでこの大会を成功させよう」という一体感が生まれました。

【古賀】
開催は数か月後の2026年8月。本当の困難はこれからですが、準備が進む中で“スタッフがついていきたくなるリーダー像”を強く意識するようになりました。
大切にしているのは、目標の背景や自分の想いを丁寧に説明し、メンバーの共感を得ること。私が先頭で旗を振った時に、みんなが納得して行動してくれる状態を目指しています。現在、早くも想いに共感して自発的に動き出すスタッフが出てきたので、この輪をさらに広げていきたいですね。

──馬場君の“任せる勇気”、和久田君の“自ら基準を作る覚悟”、そして古賀君の“共感で人を動かす姿勢”。いずれもリーダーとしての視座が一段高まった瞬間ですね。
一人の100歩より、チーム全員の1歩が未来を創る。
それを実感された皆さんの言葉に、確かな重みを感じました。
日常を飛び出し、数万人を動かす。わんぱく相撲は大人がひと皮むけるための“最高の舞台”
──最後に、わんぱく相撲を担当する委員長の経験を一言で伝えてください
【馬場】
“JCでなければ立つことのできない土俵に立てる、特別な舞台”です。
国技館の土俵に立ち、国技である相撲に真正面から向き合う。そんな経験は、日常の中では決して得られません。わんぱく相撲は、その貴重な経験を通じて、日本の伝統や文化に深く触れることができる場だと感じています。
そして、自分たちの関わりが、子どもたちや相撲界の未来に少しでもつながっていると実感できること。それこそが、この事業に関わる意義であり、他では得られない価値だと思います。
【和久田】
“自分を根底から作り変える、鍛錬の場”だと思います。自分を根底から変えるのは簡単ではありませんが、わんぱく相撲の委員長というポストは、それを可能にします。私がここで得た“決断力”は一生モノの武器。もし、あなたに委員長になるチャンスがきたら「迷わずGO!」して欲しいですね。

【古賀】
“日常では味わえないスケールの大冒険”です。全国にJCはありますが、わんぱく相撲のように、約3万人が関わる巨大プロジェクトがあるJCは珍しいです。そんな巨大プロジェクトを私のような一介の会社員が任される。こんな機会、普通に生きていたら出会えません。この規模感に関われるワクワクを、ぜひ多くの方に感じて欲しいです!

【馬場】
確かに、全国規模で市民を動員する運動を展開できるJCは数少なく、東京JCはその一つです。なかでも、わんぱく相撲は、”東京JCだからこそできるフラグシップ事業”と称されるゆえんだと思っています。他の委員長職と比べて負荷は大きいですが、その分、得られる信頼や経験も大きいです。
あと、自分の想いや個性を出せる点も面白いですね。
2025年度は“子どものために”がテーマでしたが、私の年(2024年度)は“東京JCのブランディング”を意識しました。2026年度の古賀委員長は“国際的視点”を重視と、様々です。
わんぱく相撲の委員長は、数あるJC委員長の中でも花形。最高にやりがいのあるポジションですよ!

──貴重なお話をお聞かせいただきありがとうございました。
馬場君の“フラグシップを担う誇り”、和久田君の“決断力”、そして古賀君の“日常を超えた大冒険”。皆さんの言葉に、巨大プロジェクトを背負った者だけが持つ圧倒的な矜持を感じました。
わんぱく相撲の委員長。それは大人が一皮むけ、一生モノのリーダーシップを身に付ける“最高の舞台”です。もし目の前にチャンスが訪れたなら、ぜひ一歩踏み出してください。
その先で、あなた自身も知らない新たな自分に出会えるはずです!






