【インタビュー】大規模海外事業の引き継ぎ成功の裏にあった、OBの活躍と国境を越えた友情

東京青年会議所(東京JC)が手がけた、とりわけ大きな国際事業の一つに、スモーキーマウンテンベースボールプロジェクト(SMBP)があります。

SMBPとは、フィリピンの元ゴミ集積地“スモーキーマウンテン地区”の子どもたちに野球を教え、高校・大学進学に向けた奨学金獲得を支援する国際貢献活動。一過性のスポーツ支援(ボランティア)ではなく、子どもたちが自立して貧困から抜け出すためのきっかけをつくる長期プロジェクトです。

2012年の初開催からこれまでに、奨学金を獲得して高校・大学へと進学した卒業生は、なんと111人(2025年1月時点)。彼らの実績やチャレンジは、同じスラム街に暮らす子どもたちへ大きな希望と勇気の源になっています。

実は現在、SMBPを主催しているのは東京JCではありません。発足から約10年間、東京JCが大切に育ててきた本プロジェクトは、2022年に一般社団法人NB.ACADEMYへと移管(=引き継ぎ)されました。今では、全日本空輸株式会社(ANA)や株式会社ロッテといった大手スポンサーに加え、ラミレス選手を始めとする多くの元プロ野球選手たちや日本人ボランティアの協力を得ながら、さらなる進化を続けています。

こうして見ると、非常に華々しく順風満帆に見える一大事業ですが、その“立ち上げ”から“事業移管”にいたるまでの道のりは、決して平坦なものではありませんでした。特に、移管時には、海外事業だからこその困難があったと言います。

そこで私たちは、今年(2026年度)開催された現地のSMBPへ実際に足を運び、立ち上げ期から移管期を支え、現在もなおフォローアップに力を注いでくださっている東京JC OBの村瀬義則先輩、岩瀬由典先輩、柳屋司先輩の3名にお話を伺ってきました。

本コラムでは、なぜ、これほどまでに熱いプロジェクトが生まれたのか。そして、事業移管時の困難をどうやって乗り越えたのか。今だからこそ語れる、プロジェクトの舞台裏を詳しくご紹介します。

――まずは、“立ち上げ期”について村瀬先輩・岩瀬先輩にお話をお伺いします。そもそも、なぜスモーキーマウンテンで“野球”を教えることになったのでしょうか?

【村瀬先輩・岩瀬先輩】
始まりは2010年のASPAC(Asia Pacific Area Conference)フィリピン大会でした。当時の東京JCとJCIマニラの理事長同士が「共に社会運動を起こそう」と約束を交わし、翌2011年、JCIマニラから「スモーキーマウンテンの子どもたちに日本のスポーツを教えてほしい」という要請を受けたのがきっかけです。
※ASPAC(Asia Pacific Area Conference)アジア・太平洋地域のメンバーが数千人から1万人規模で集結する、JCI(国際青年会議所)の国際交流イベント

柔道や剣道など、日本の伝統的スポーツが候補に挙がる中、野球を選んだ理由は、はだしの子どもたちがゴミが広がる地面の上でもできることに加え、奨学金を取りやすいと考えたからです。

実はフィリピンでは野球の人気はそれほど高くありません。ライバルが少ないスポーツだからこそ、ここで卓越した経験を積めば、奨学金を得やすくなります。ただスポーツを楽しむだけでなく、子どもたちの将来の選択肢を広げるという明確な出口に基づき、戦略的に判断したんです。

しかし、2012年8月の初開催時は、まさに手探りのスタートでしたね。日本のプロ野球選手やリトルリーグはシーズン中で調整がつかず、引退したプロ野球選手たちが集う“名球会”へ相談に伺ったものの、5回断られてしまいました。それでも熱意を伝え続けた結果、2名の元プロ選手に指導に来ていただけたんです。

スポンサーも、初年度はわずか2社でしたね。ですが、フィリピンの主要テレビ局や新聞社に取り上げられたことで風向きが変わりました。活動が社会的に認知され、地域の人々や企業、小学校が一体となって支援してくれるようになったんです。やがて、周辺の小・中・高・大学が次々と野球部を新設し、経済的な理由で学校に通えなかった子どもたちを奨学金枠で受け入れてくれる好循環が生まれました。

2026年現在、30社近くのスポンサーにご協力をいただいています
外川隆司理事長(中央)と、立ち上げ期を支えた岩瀬由典先輩(左)村瀬義則先輩(右)

――5回断られても諦めない情熱と、緻密な戦略があったからこそ、子どもたちの人生を変えるほどの大きな成果に繋がったのですね。

――続いて、SMBPの移管に深く関わっておられた、柳屋先輩にお話をお伺いします。なぜ、10年も続いたプロジェクトを移管することにしたのでしょうか?

【柳屋先輩】
コロナ禍によって現地での継続開催が難しくなってしまったことや、10年という節目の年を迎えて「活動をもっと新しく、大きく成長させたい」と考えたことが直接のきっかけでした。でもそれ以上に、東京JCが行う社会開発運動(JC運動)のゴールは、そもそもこの“事業移管”にあるんです。

どんなに素晴らしい活動でも、東京JCが主役になってずっと運営を続けることは考えていません。地域や社会の中で、自分たちが手を離しても持続的にその取り組みが回っていくよう、しかるべきタイミングで他団体や企業へ積極的にバトンタッチする。これこそが、JC運動の本質なんです。

そのため、2022年、SMBPは柴田章吾さんが代表を務める“一般社団法人NB.ACADEMY”へ正式に移管することになりました。柴田さんは、元プロ野球選手であり、フィリピンで野球を通じたボランティア活動をおこなっていた方です。これ以上ない最高の後継者に巡り合えたのは本当に幸運でしたね。

元プロ野球選手から本格的な指導を受けるフィリピンの子どもたち

――なるほど。あくまでも東京JCは黒子。地域の課題を解決するためのしくみをつくりあげ、最適な人にバトンタッチするまでが役割なんですね。

――理想的な事業移管に見えた裏側で、実際にはどのような困難があったのでしょうか?当時の状況や、それをどう乗り越えたのか詳しく教えてください。

【柳屋先輩】
実は、移管したからこそ見えてきた“引き継ぎ後のアフターケア不足”という大きな壁にぶつかりました。2022年に事業を移管して、翌2023年にいよいよNB.ACADEMYの単独主催でプロジェクトを動かそうとしたとき、代表の柴田さんから「JCIマニラとの関係構築を含め、自分たちだけで進めるのは、正直不安があります……」と連絡が入ったんです。

というのも、移管のタイミングがちょうどコロナ禍の真っ只中だったため、引き継ぎのすべてがZoomを使ったオンライン上でおこなわれていました。そのため、画面越しでは伝わりきらない温度感や、移管後のこまやかなフォローがどうしても不足してしまっていたんです。そこで、村瀬さん、岩瀬さん、私含め、複数のメンバーで即フィリピンへ向かい、NB.ACADEMYとJCIマニラの間に入り、顔合わせや打ち合わせを実施した上で開催につなげました。

ところが、東京JCを卒業した後も、私たちは引き続き一般枠でSMBPに参加していたのですが、NB.ACADEMYとJCIマニラ側で連携がうまくいっていない様子だったんです。

その理由は、“人の入れ替わり問題”でした。JCIマニラ側で世代交代が進み、SMBPが立ち上げ当初の状況や、当時の熱狂を知らない若いメンバーが増えていたんです。彼らからすれば、突然やってきた日本の外部団体に対して、「なぜ僕たちは、JCではないNB.ACADEMYと一緒にこの活動を続けなきゃいけないの?」と疑問を抱くのは、ある意味当然のことでした。

そこで、「SMBPを未来へ残すためには、双方の心をもう一度結びつける“橋渡し役”が必要だ」と確信した私たちOBが、運営の手伝いをすることにしたんです。現在私は、“NB.ACADEMYフィリピン事業アドバイザー”という立場でNB.ACADEMYとJCIマニラの仲介役となり、打ち合わせや取り次ぎなどのフォローをしています。

アジア甲子園大会の開催など、東南アジアで積極的に野球振興活動をおこなっている柴田章吾さん(中央)と、
移管時から現在まで、SMBP運営をサポートしている柳屋司先輩(左) 河野翔太先輩(右)

――事業移管は、ただバトンを“手渡して終わり”ではないのですね。今のSMBPが大躍進を続けられているのは、プロジェクトの歴史を知り、現地との深い繋がりを守り続けたOBの先輩たちの、“影のファインプレー”があったからなのだとよくわかりました。


――最後に、このコラムで初めてSMBPについて知った一般の方、そして現役のJCメンバーへメッセージをお願いします。

【柳屋先輩】
私は、このSMBPという活動を通して、国境を越えたOB同士の友情を育むことができました。現在でも現地の開催前後には、東京JCとJCIマニラのOBが一堂に会し、共に食事を楽しみ、ゴルフを回り、時には日本に招いて旧交を温め合っているんです。これはまさに、JC運動が掲げる三信条の一つ、“世界の友情(Friendship)”そのもの。この素晴らしい絆を、現役メンバーたちにもぜひ肌で感じ、引き継いでいってほしいですね。

【村瀬先輩・岩瀬先輩】
本当にその通りで、一人でも多くの人にこの活動の意義を感じてほしいです。

加えて、現役メンバーの皆さんには、SMBPの成り立ちや移管時のフォローの重要性に加え、フィリピンと日本の歴史についても知ってもらいたいですね。

今の東京JCや日本JCがあるのは、戦後、フィリピンのリーダーが示してくれた“寛容な決断”があったからです。日本がJCIへの加盟を目指した際、当時のフィリピン人会頭は、「JCに国境や民族は存在しない」と宣言し、かつての敵国であった日本代表団を歓迎してくれました。こうした歴史的背景から、JCIマニラは、日本のことを子どものように思ってくれているんです。

東京JCには、これほどまでに深く、素晴らしい世界との繋がりがあります。海外の社会課題に直接触れることは、自分の視野を劇的に広げる最高の機会です。ぜひ、東京JCの活動を通して、積極的に世界と関わってみてください。

2026年SMBPに参加した外川理事長(中央)と東京JCの理事・メンバーたち。
東京JCには国際事業に関わるチャンスが多々あります。

――貴重なお話をお聞かせいただきありがとうございました!

「東京JCの活動って、国内がメインなんじゃないの?」と思っている方も多いかもしれません。でも実は、このSMBPのように、ダイナミックな国際事業がたくさん動いているのです。あなたも東京JCの活動を通して、世界とのつながりを感じ、自分自身の視野を広げてみませんか?

現在、SMBPは誰でも参加できるオープンなボランティア企画になっています。元プロ野球選手と一緒にスラム街を回り、現地のリアルな空気に触れる体験は、間違いなくあなたの視野を広げてくれるはずですよ。

■一般社団法人NB.ACADEMY

https://nbacademy.jp

■SMBPの詳しいスケジュールや参加方法等は下記をご覧ください
(※2026年度の募集は終了しております)

https://nbacademy.jp/smbp2026

インタビューにご協力いただいた先輩方の紹介

岩瀬 由典先輩(左)、村瀬 義則先輩(右)

柳屋 司先輩

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