2026-09-17

東京青年会議所には、23の地区委員会が存在し、それぞれの地区が抱える課題に向き合い、より良い地域社会の実現を目指して、“社会開発運動(JC運動)”を展開しています。
JC運動の構築は決して容易なものではありません。なぜなら、地域のニーズを汲み取ったテーマ選定から始まり、メンバーを巻き込む熱量、行政や地域団体との緻密な調整、そしてJC内部での厳格な議論と議案(計画書)通過など、幾重もの壁を乗り越える必要があるからです。
東京青年会議所が“社会を動かすリーダーを育成するためのトレーニングジム”と言われる所以は、まさにこの泥臭くも密度の高い運動構築のプロセスにあります。
今回のコラムでご紹介する豊島区委員会のプロジェクト“WE LOVE TOSHIMA 地域貢献メッセ”もまた、例外ではありませんでした。2024年〜2025年の2か年にわたり展開されたこの運動は、昨今の東京青年会議所において“最もメンバーの成長が見られた運動の一つ”と高く評価されていますが、ここに至るまでには一筋縄ではいかない幾多の課題や苦労がありました。
いかにして彼らは組織を動かし、街全体を巻き込む運動を起こしたのか。この運動を先頭で引っ張ってきた2名の委員長、板橋 匠くん(2024年度委員長)と、恩田 英明くん(2025年度委員長)に、当時の状況と想いを詳しく伺いました。
半世紀分の恩返しをするべく“地域貢献”をテーマに選定
──なぜ、豊島区委員会は“地域貢献”というテーマを選んだのでしょうか?
【板橋】
最大のきっかけは、2025年が“豊島区委員会発足50周年”という大きな節目だったことです。半世紀にわたり地域や企業・団体に育ててもらった感謝を込め、「恩返しになる事業をやりたい」という強い想いがありました。
地域を改めて見渡したときに、豊島区内には地域貢献活動をしている団体がたくさんあるのに、認知度が低く、活動を広げられていないことがわかりました。さらに詳しく調査すると、豊島区民の約7割(65.6%)が「地域貢献したい」と考えているのに、実際に参加できている人はたった9.6%にとどまっていることも判明。
そこで、“地域貢献団体”と“貢献したい人”を繋ぐ仕組みを作ろうと考えました。「これこそ、ゼロから仕組みを作り上げるのが得意で、若さとパワーのある東京JCの出番じゃないか!」と思ったんです。
【恩田】
ただ、シンポジウムや展覧会のような固いイベントにしてしまうと、もともと地域貢献に強い興味がある人しか集まってくれません。いくら内容が良くても、「おもしろそう!」と思ってもらえないと、一般の方々には届かない。そのため、エンタメ要素を取り入れ、子どもから大人まで誰もが気軽に足を運べる“お祭り”の形にしました。

“WE LOVE TOSHIMA 地域貢献メッセ 2024年”では、かき氷や焼きそばなどの出店の他、ダーツ体験といった、地域の子どもから高齢者まで、幅広く参加できる内容を企画。
──なるほど。“地域貢献”という固いテーマも、お祭りという形であれば興味を持ちやすいですね。
メンバーが足りない、知識も経験もない、からのスタート
── 運動構築スタート時、委員会の雰囲気はいかがでしたか?
【恩田】
2024年はベテランの先輩方が一気に卒業されたタイミングで、メンバー数はわずか10名ほど。本業や他の活動で忙しい方も多くて、実質的に動けるのは2〜3人だけという、圧倒的なマンパワー不足からのスタートでした。
今では考えられませんが、当時はメンバーの意欲も低くて、「今年は何をやろうか?」と聞いても、「板橋くんのやりたいことでいいよ」「誰かがやるでしょ」と、どこか他人任せな雰囲気が漂っていましたね。
【板橋】
加えて、経験不足にも悩まされました。私も恩田くんも、東京青年会議所に入会してまだ1年ちょっとだったため、運動構築のやり方が全くわからなかったんです。

入会間もない頃(2022年)。少し緊張した表情の板橋くん(後列左)と恩田くん(後列中央)
でも、最大の幸運は、2023年末時点で“2025年の委員長は恩田くん”と決まっていたことです。2024年は自分が走り、翌年は恩田くんがバトンを受け取る。この体制が見えたことで、「50周年に向けて、2か年計画でじっくり最高の運動を作り上げればいいんだ」という一本のビジョンが描けました。
── 単年度で終わらせず、2年間のビッグプロジェクトとして見据えることで、組織としての覚悟が決まったのですね!
1年目の試行錯誤を糧に。“2か年計画”で成し遂げた快挙
──二人三脚で取り組んだ2か年プロジェクトの結果はいかがでしたか?1年目、2年目について、苦労エピソードを含めて詳しく教えてください。
【板橋】
率直に言って、1年目は、目標数字に届かなかった部分や、やむを得ず計画変更をした部分も多々ありました。
【恩田】
開催規模の縮小を迫られた時は、激しい議論になりましたよね。
【板橋】
そうでしたね。恩田くんは「池袋の中心地『中池袋公園』で2日間開催しよう!」と熱く主張していました。しかし、理事会から実現性について指摘があり、当時のマンパワーや真夏の熱中症リスクを冷静に考えた結果、日程を1日に短縮。会場も小規模な雑司ヶ谷大鳥神社に変更しました。
【恩田】
「なんで攻めないんだ!」という思いもありましたが、全責任を負って決断するのは委員長です。あらゆるリスクを鑑みた板橋くんの決断に対して、文句はありませんでしたよ。
【板橋】
結果的に、正しい決断だったと思います。初年度に神社で手堅く実績を作ったことで、行政や警察、地域団体からの信頼を得ることができたので!
正直、計画変更や未達の結果は悔しかったです。でもそれらは全て、恩田くんが走る2年目のための“最高の布石”。「2カ年計画だからこそ、1年目の失敗も学びも、すべて2年目の糧になる!」そう信じて走り切った2024年でした。

多くの学びを得られた1年目。笑顔で写る、板橋委員長(中央左)と恩田くん(中央右)。
【恩田】
2025年に委員長を引き継いだ私は、1年目に蓄積したノウハウ、失敗の教訓を活かし、“中池袋公園”での開催を実現しました。
当日は大盛況。動員計画1,349名に対して、なんと3,381名もの方にご来場いただきました。
さらに嬉しかったのは、来場者の86.9%が「イベントをきっかけに地域貢献活動へ興味が湧き、実際に行動(寄付やSNS登録など)に移した」と回答してくれたことです。
1年目は“存在を知ってもらう(認知)”にとどまり、“実際に行動してもらう(変容)”まで届かなかったことが大きな課題でした。そこで2年目は、参加者が一歩踏み出せる仕掛けを企画に散りばめたんです。その結果、来場者の意識を深めるだけでなく、具体的なアクションにまで繋げることができ、出展団体の方々からも大変感謝されました。
1年目の試行錯誤と課題があったからこその2年目の大成功。まさに“2か年計画”だからこそ辿り着けた快挙でした。

会場は大盛況。最寄りの池袋駅から公園まで、人で溢れていた。

大成功に終わった“WE LOVE TOSHIMA 地域貢献メッセ 2025年”を喜ぶ、恩田委員長、板橋くんと、豊島区委員会メンバーたち。
──1年目の悔しさを糧に、見事な大逆転劇!お二人が描いた2か年計画の構想が、完璧な形で証明された瞬間でしたね!
ゼロから組織を動かし、自走するチームへ。2年間で磨かれたリーダーシップ
── とても濃密な2年間でしたが、この挑戦を通じてご自身やメンバーにはどんな変化がありましたか?
【板橋】
私自身でいえば、“任せる覚悟”が鍛えられましたね。
委員長着任当初は、「自分が先頭に立って引っ張らないといけない!」と考えていましたが、人を信じて任せること、周りが自由に動いてやりたいことを形にするためのサポートをすることこそがリーダーの役割だと考えるようになったんです。そして、そのためには自分のビジョンを熱意を持って伝えることが不可欠だと学びました。
メンバーも大きく変わりましたね。1年目は受け身だったメンバーも、事業や役職を経験したことで“当事者意識”が芽生え、翌年の事業に対して「もっとこうしたらいいんじゃないか」「この点はどう考えているのか」といった意見や質問が、主体的に出るようになりました。
【恩田】
1年目の終わりには「来年は自分が!」と役職に立候補するメンバーも出てきました。これは、事業を通じて“JCならではの価値や達成感”を体感したことでモチベーションが上がったからだと思います。
私自身は、スタートアップの経験値が爆上がりしました。東京青年会議所は金銭的インセンティブがないので、報酬で人を動かすことはできません。JC運動を構築する中で、人を動かすためのノウハウをたくさん学ぶことができました。
そして何より、豊島区のことをもっと好きになりました!


委員長はリーダーシップが、メンバーは自主性やマネジメントへの意欲が向上。2か年事業を走り抜けたことで大きく成長した豊島区委員会。
──リーダーに必須のスキルである、任せる勇気、人を巻き込み動かす力を磨かれたんですね。リーダーだけでなく、メンバーまで大きな成長があったのは嬉しいですね。
熱意×構築力。お互いが違うからこそ尊敬し合える“戦友”
── インタビューの端々から、お二人の非常に強い信頼関係が伝わってきます。お互いにとって、どのような存在ですか?
【板橋】
恩田くんは、“組織を構築する力”が群を抜いているカリスマ。私の溢れ出る熱意や大まかな構想を計画に落とし込み、スタッフやメンバーをまとめ、内部を構築してくれました。冗談抜きで、彼がいなければ、この2か年事業の成功はあり得ませんでしたね。
人を育てるのも上手です。メンバーに積極的に役職を与えたり、次年度の副委員長に議案書(事業計画書)を書かせたりと、当事者意識を持たせる仕掛け作りが見事でした。事業に深く関わったからこそ、翌年には自発的に意見を出し、行動できるメンバーへと成長していったんです。
恩田くんには、人を自然と巻き込む力があります。たぶん、あの引力に抗える人はいないですよ(笑)
【恩田】
板橋くんは、私にはない“人を惹きつける圧倒的な熱量”を持っている人です。彼の情熱があったからこそ、メンバーも「この人についていこう」と思えたし、多くの企業や地域団体からの協賛・協力も引き寄せることができました。ロジックだけでは動かない人の心を動かせるのは、彼の天性の強みですね。
加えて、突破力もあります。1年目に彼が批判やリスクを恐れずに立ち向かい、全責任を負って決断してくれたからこそ、私は2年目を思い切り走ることができました。
お互いに自分にないものを持っていたからこそ補い合えたし、心から尊敬できた。 板橋くんは、苦しい場面が多い東京青年会議所の活動の中で、逃げずに高め合えた、かけがえのない“戦友”です。

苦しい場面を共に乗り越えてきた板橋くん(左)と恩田くん(右)。時には明け方までの作業や議論をしたことも。
──タイプの違う者同士だったからこそ、認め合い、得意を活かし、困難を乗り越えられたのですね。お二人の友情がとても眩しいです!
東京青年会議所は“リーダーシップと一生モノの友達”が手に入る場所
── 板橋くんと恩田くんにとって、東京青年会議所とはどのような場所でしょうか?東京JCを知らない方々へ向けて、ぜひお二人が感じる価値を教えてください。
【板橋・恩田】
一言で表すなら、“リーダーシップと一生モノの友達”が同時に手に入る場所です。
東京青年会議所には“1年ごとに役職が変わる単年度制”や“40歳での卒業”という明確なタイムリミットがあるため、「今、本気でやり切ろう」という強い熱量が生まれます。その中で泥臭く汗をかき、壁を乗り越えていく過程があるからこそ、自ずとリーダーシップが磨かれ、友情も育まれるのです。
ここでの活動に金銭的な報酬はありません。動機はただ「地域社会をより良くしたい」という想いだけ。損得勘定抜きで同じ方向を向き、本気で取り組んだ者同士の間に生まれる絆は、何ものにも代えがたい“一生モノの友達”になりますよ。

固い友情で結ばれた2人のリーダー、板橋くん(右)・恩田くん(中央)
── 貴重なお話をお聞かせいただきありがとうございました!
東京青年会議所には、地域社会を変える運動を起こしていく中で、本物のリーダーシップと友情が育まれる環境が揃っています。
もしあなたが、
「自分の限界を超えて、リーダーとして成長したい」
「ビジネスの枠を超えた、志を同じくする一生モノの仲間をつくりたい」
そう少しでも思っているなら、東京青年会議所の扉を叩いてみませんか?





