2026-07-15

東京青年会議所(東京JC)には23の地区委員会が存在し、より良い社会の実現を目指して、日々“社会開発運動(JC運動)”を展開しています。
たとえば、新宿区委員会では新宿・歌舞伎町における悪質な客引きを撲滅するために、“新宿イメージアッププロジェクト(通称:ぼったくりす)”を実施。目黒区委員会では、外国人移住者の急増の陰で忘れられがちだった外国人の防災について、地域全体で理解を深めるために“目黒グローバルフェスティバル”をおこないました。このように、地区委員会は、それぞれの地区がリアルに抱えるローカルな課題に向き合っているのです。
ですが、時には地域の枠を飛び越え、“国家レベルの課題”に切り込むこともあります。それをおこなったのが、区内に皇居や官公庁を擁する千代田区委員会でした。
彼らは、日本の食料自給率という大きな課題に対して、“千代田から日本の農業を変える”をスローガンに、2024年と2025年の2年間にわたり、都会の消費者の意識変革を促すJC運動を展開したのです。
この運動は大きな成果をおさめ、2024年度の事業は、アジア太平洋地域の優れたJC活動を称える“ASPAC※アワード”を受賞。さらに、2025年度の事業は、農林水産大臣、東京都知事、千代田区長への政策提言書提出へとつながりました。
※ASPAC(Asia Pacific Area Conference)
アジア・太平洋地域のメンバーが数千人から1万人規模で集結する、JCI(国際青年会議所)の国際交流イベント
こう聞くと非常に輝かしい実績ですが、その道のりは決して平坦ではありませんでした。
そもそも、一体なぜ、ほぼ農地のない大都会である千代田区が“農業”というテーマを選んだのでしょうか。
本コラムでは、この運動を牽引した3人のリーダー、岩﨑 洋太くん(24年度委員長)、岡﨑 智彦くん(24年度副委員長・25年度委員長)、徳勝 丈くん(25年度副委員長)を迎え、農業をテーマに選んだ理由や、運動構築の過程で経験した困難、それらを乗り越える過程で感じた自身の成長について、詳しくお聞きしました。
農地なき千代田区だからこそ、農業という国家レベルの課題に取り組める!
── なぜ、ほぼ農地が存在しない千代田区で、農業をテーマに選んだのでしょうか?
【岩﨑】
きっかけは、私が委員長になる前に経験した、長野県での農業体験です。
それまでの私にとって、スーパーで野菜を選ぶ基準といえば“安さ”か“鮮度”くらいのものでした。しかし、実際に農家さんの壮絶な労力を目の当たりにしたとき、「これほどの労力が払われている作物を、自分たちはただ安さだけで消費していていいのか!?」と、衝撃を受けたんです。
日本の食料自給率は公表値こそ38%ですが、燃料や肥料の輸入依存を考えると、実質はさらに低いと言われています。その最大の原因は農業人口の減少。特に新規就農者が伸び悩む理由は“価格が低くて儲からないから”です。大手小売業が消費者の求める“安さ”を最優先するため、農家さんが原価に見合った利益を得にくい仕組みになってしまっているんですよ。
私たちの“安さ重視”の消費行動が、巡り巡って農家の衰退や食料自給率の低下を招いている──。この事実を多くの人と共有し、消費者の意識から変えていかなければ日本の食は立ち行かなくなる。そう痛感し、農業をテーマにしようと考えました。
加えて、昔から千代田区委員会には“国家の課題を語るべし”という風潮があったことも大きな理由です。
実は、千代田区は夜間人口が約6.6万人と非常に少ないため、区役所に地域の課題をヒアリングしに行っても「特に困っていることはないです」と言われるような特殊な地区なんです。そのため、私たちは歴代の先輩たちから「千代田区は、身近な地域課題にとどまらず“国家の課題”を語れる区であれ。皇居も官公庁もあるこの街が語らずして、誰が語るんだ」という気概を受け継いできました。
食料自給率という日本の農業が抱える大きな闇は、まさに日本全体が向き合うべき国家の課題。千代田区委員会が取り組むべきテーマとして、ぴったりだと感じました。

【岡﨑】
とはいえ、具体的な運動の内容については、岩﨑くんも私も、かなり頭を悩ませていました。そんな時、ヒアリングで伺った農家さんに言われた言葉が、大きな後押しになったんです。
「食料自給率の問題というのは、実は農家の問題ではないんですよ。供給が止まって真っ先に困るのは、都会の消費者なんです。」
この言葉を聞いた瞬間、「農地のない千代田区だからこそ、都会の消費者の意識を変える運動をやる意味がある!」と自分たちの使命が腑に落ちました。それまで悩みに悩んでいた運動構築の方向性とターゲットが明確になり、進むべき一本の道筋が見えたんです。まさに、机上の空論ではなく、現場に足を運ぶ“ヒアリングの重要性”を肌で感じる瞬間でしたね。

── なるほど。農地のない千代田区が、あえて農業をテーマに選んだ理由がよくわかりました。それにつけても、ヒアリングは本当に重要ですね。ネットやAIでスマートに情報収集するのではなく、泥臭く足を使って生きた情報を取りに行く、という東京JCの徹底した現場主義が、運動の確固たる土台になったのですね。
議案(計画書)作成の沼にハマり、タスクを抱え込んでしまった1年目
── 1年目(2024年)は、具体的にどのような事業を行ったのでしょうか?また、運動構築する中で、一番大変だったことを教えてください。
【岩﨑】
1年目(2024年)は、ファミリー層をターゲットに、あきる野市の農園での“農業体験ツアー”と、神田淡路町のワテラス広場で行った産直マルシェ“ベジフルまつり”の2本柱で実施しました。クイズ形式のスタンプラリーなどを通じて、まずは子どもたちに農業に対して興味を持ってもらうきっかけ作りをしたんです。

参加されたご家族は、農家さんとの交流を楽しんでいました


ベジフルまつりは親子で楽しめる企画に大盛り上がりでした
運動構築の過程では、計画書(議案)作成に苦労しましたね。
私たちが目指していたのは、イベントを通じて日本の農業の現状を知ってもらい、“安さ”だけで選ぶ無意識の消費行動が、巡り巡って農家の衰退や食料自給率の低下を招いていると気づいてもらうこと。価格以外の要素──たとえば、“意識的に農産物をたくさん買う” “国産品を買う” “直売所やECサイトで買う”といった選択肢を持つことで、自分たち消費者にできることがあると知ってほしかったんです。
このように、人や社会、地域、環境に配慮した消費行動のことを“エシカル消費”と呼ぶのですが、この言葉を使ったことで、SDGsにまで話が広がり、いつの間にか「無農薬でなければならない」「フェアトレードでなければならない」といった話が混ざり、複雑になってしまいました。結果、議案のボリュームが膨大になったばかりか、運動の本来の目的からもズレてしまったんです。
【岡﨑】
本当にそこは苦労しましたね。当時、副委員長だった私が議案を書いていたのですが、岩﨑くんのビジョンをどう言葉に落とし込めば誤解なく伝わるのか、かなり頭を悩ませました。なにせ東京JCに入ってまだ2年目でしたから、文字通り必死でしたね。
さらに、議案作成に集中し過ぎたことで、スタッフ・メンバーに協力依頼をするのもすっかり遅くなってしまいました。その結果、諸々のタイムリミットが目前に迫っていたので、人に頼むよりも「自分でやった方が早いな……」とタスクを一人で抱え込んでしまって…。
そんな状況を見ていた先輩メンバーたちが、自ら助けに動いてくれたおかげで何とか形にできましたが、「もっと早い段階から周囲を頼っていれば、スムーズに進んだはずだ」という、苦い反省が残りました。

── 議案作成は多くのリーダー達が苦労されていますよね。また、能力の高い方が多いので、つい自分で抱え込んでしまったというお話もよくお聞きします。この経験が、次年度以降どう生きたのか。岡﨑くんには、この後ぜひ詳しくお聞きしたいです。
前例なき2年目への挑戦。反省と経験を活かして得られたチームの一体感
──1年目(2024年)の事業は、体験農業もベジフルまつりも大賑わい。実施後のアンケートでも、農業やエシカル消費への関心が高まったと回答された方が多かったそうですね。さらには、後にASPACアワードも受賞。大成功ともいえるこの運動を、なぜ敢えて2年目も継続しておこなったのですか?

ベジフルまつりは想定500名を大幅に超え、1200名以上の方にご来場いただきました。
【岡﨑】
実は、千代田区委員会は今まで継続事業がほぼなく、基本的に、毎年新しい事業を行う文化があるんです。ですが、ゼロから作り上げた1年目の運動にとても愛着が湧いていまして、「これほど価値のある運動を、1年きりで終わらせたくない!」と、異例ではありますが2年目の継続事業にすることを決めました。
ただ、1年目で大成功している分、2年目でどう発展させるかは本当に悩みましたね。前年委員長の岩﨑くんにも何度も相談しました。その結果、2年目は“事業移管(他団体への引き継ぎ)を見据えたパッケージ化”を軸に、運動を発展させることにしたんです。 具体的には、体験農業をやめて、より多くの人に届き、今後も継続しやすい“ベジフルまつり”にフォーカスしました。

パワーアップさせて実施


オリジナルトートバック作りをする女の子
ただ、それだけだと単なるイベントにパワーダウンしてしまいます。そこで、子どもたちが家に帰ってからも野菜に興味を持ち続け、夏休みの自由研究としても主体的に学べるように“形に残るもの”をつくろうと考えました。それが“ベジフルブック”という冊子の開発です。でも、冊子を外注する予算はまったく無くて……。
【徳勝】
完全にメンバー総出の手作りでしたね(笑)。夜な夜なメンバーが集まり、さらには、私の妻と岡﨑さんの奥さんにも手伝ってもらい、生成AIもフル活用しながら、冊子を作り上げていったんです。正直大変でしたが、この共同作業によってメンバー全員に当事者意識が芽生え、チームに一体感が生まれました。これは、「なるべく多くのメンバーに関わってほしい、みんなで創り上げたい」という想いをもっていた岡﨑さんが、広く声掛けをされたおかげです。

【岡﨑】
いやいや、そこは、徳勝くんが周りのメンバーをうまく巻き込んでくれたおかげですよ。徳勝くんは、早い段階から直接メンバーに「これをお願い!」「これ手伝って!」と、ピンポイントで具体的に役割を振ってくれたんです。
私には、前年に陥ってしまった“自分でやった方が早い病”を、彼には絶対に味わわせたくないという強い想いがあったので、早めにメンバーを巻き込むように訴えていたのですが、徳勝くんもその想いを受けて行動してくれました。
一人で抱え込まず、仲間を信頼して任せた結果、見事にメンバー全員が主体的に動き出した。想いや経験が積み重なり、千代田区委員会が素晴らしい組織に育ったことを実感しましたね。
結果、1年目に続き、2年目も事業は大成功。イベント後のアンケートで「農業や社会を意識して購入しようと思った」と答えた人は89.2%にのぼり、購買基準についても、多くの人が“価格重視”から“地産地消・生産者意識”へと劇的にシフトしました。さらに、この実績をもとに、千代田区長や東京都知事、さらには農林水産大臣への政策提言書の提出にまでつなげることができたんです。
──100点だった1年目の事業をさらにパワーアップさせて実施したこと。1年目の反省と経験を活かして組織をうまくまとめ上げられたこと。事業においてもご自身の成長においても、本当に素晴らしい成果ですね!
国家レベルの課題に挑んだ2年間。彼らが手に入れた“一生モノの価値”とは
──最後に、みなさんが東京JCの活動に感じている“価値”について、教えてください。
【岩﨑】
東京JCの一番の価値は、運動構築の過程で“リーダーシップが磨かれる点”です。
社会の課題を解決するための運動を構築するためには、リーダーは自分の頭で考え、みんなを引っ張っていかなければなりません。そのため、会議では厳しく言わざるを得ないことも多々あります。普段は、同じ地区で頑張るお互いのことが大好きな仲間であることに変わりありませんが、ここで甘やかしは厳禁。リーダーが厳しく向き合うからこそ、運動の質も上がるし、自分自身の能力向上にも繋がるんです。まぁ、嫌われちゃいそうですけどね(笑)

【岡﨑】
私が感じる東京JCの価値は、“想いのバトンを次の世代へ繋いでいく積み重ねの尊さ”にあります。
私たちは、「生半可なレベルの運動は行わない!」という誇りを胸に、愛と責任を持ってJC運動に取り組んでいます。だからこそ、“積み重ね”を何より大切にしているんです。単年度制の組織だからこそ、先輩から自分へ、自分から次世代へと、想いや経験のバトンを大切に繋げているんです。その結果、千代田区委員会はブラッシュアップされ、1年目に続き2年目も成果を出せたんだと思います。
……と、少し堅いことを言いましたが、シンプルに東京JCの活動ってめちゃくちゃ楽しいんですよ!
実は1年目、千代田区メンバーも神奈川県小田原市の農家さんに畑の区画を貸していただいて、野菜を育てていたんです。お祭りに来てくれた子どもたちに配る予定だったのですが、なんと収穫の2週間前に、200キロのじゃがいもがイノシシに全部食べられてしまって(笑)。トマトやピーマンは無事だったのでお渡しできたんですが、農業の大変さを痛感した大事件でした。

本業をこなし、イベントの準備をして、その上さらに野菜まで育てていたので本当に大変でした。でも、いい大人がみんなで本気になって一つのことに取り組む機会って、日常ではなかなかないと思うんです。それこそが、東京JCだからこそ得られる一生モノの価値なんじゃないでしょうか。


【徳勝】
私は、東京JCの一番のいいところは“尊敬できるリーダーたちと過ごすことで、自身の視座が高まり、思考力とスキルが磨かれる点”だと思います。
たとえば、岡﨑さんは、私が議案書作成に行き詰まり、視野狭窄になりがちな時に「徳勝くんの仕事場の近くに来たから寄っていい〜?」ってフラッと来てくれて、チームの見渡し方や、仕事とJC活動を両立している大人たちとの付き合い方を教えてくれました。
岩﨑さんからは、運動構築の考え方の土台を学びましたね。今でも、「この事業って、社会を動かす“運動”になってる?(ただの豪華なイベントじゃダメだよ)」という言葉が深く胸に刺さっています。
ASPACの授賞式では、世界から表彰される先輩方を目の当たりにして、「東京JCって本当にすごい組織だな。自分もいつか絶対にあの壇上に登りたい!」と胸が熱くなりました。東京JCは40歳定年なので、私にはまだ、あと8年も時間があります。これからの活動の中で、どこかで必ずあの壇上に登ってみせますよ。

──貴重なお話をお聞かせいただきありがとうございました!
国家レベルの課題に対して、ゼロから運動をつくりあげ、それをさらに発展させるという難しい挑戦の中で、確かなリーダーシップが生まれることがよくわかりました。
東京JCは、お互いが大好きな仲間たちと、真剣にぶつかり合い、時に悔しさに歯を食いしばりながら“誰かのために”を本気で汗を流す場所です。そこには、普段の仕事や生活では決して得られない経験と出会いがありますよ。あなたもぜひ、東京JCの活動に参画してみませんか?






