【インタビュー】国際交流から国際協働へ。大切なのは世界との“対話”だった

東京青年会議所の活動は、日本国内における地域社会の課題解決だけではありません。実は、国境を越えた“国際事業”にも精力的に取り組んでいます。なぜなら、東京青年会議所が所属する国際青年会議所(JCI)は、世界約120の国と地域に広がるネットワークを持つ世界最大級の青年団体だからです。

代表的な事業としては、※1ASPAC(Asia Pacific Area Conference)や※2世界会議(JCI World Congress)などがあります。

※1ASPAC(Asia Pacific Area Conference)
アジア・太平洋地域のメンバーが数千人から1万人規模で集結する巨大カンファレンス
※2世界会議(JCI World Congress)
約120の国と地域から数千人の若手リーダーが一堂に会する会議

今回のコラムでスポットを当てるのは、2026年6月に東京青年会議所がホスト(主管)を務めた国際会議“APICC(Asia Pacific International City Conference)”。この会議は、ASPACや世界会議に先駆けて開催される重要な国際会議であり、アジア太平洋地域の若手経済人リーダーたちが一堂に会し、都市が抱える共通課題を議論する一大プロジェクトです。

その推進役となったのが、理事・渉外戦略室 室長の梶 明日香さんです。

2026年度の理事長所信で掲げられたスローガンは“共躍の鼓動 〜Driven by Citizens, Powered by Challenge〜”ここには、単に海外メンバーと顔を合わせて親睦を深める“一過性の交流”で終わらせるのではなく、

  • 国や文化を越えて“共に考え(対話)、共に行動する関係(協働)”へと進化させよう。
  • 東京青年会議所全メンバーが自分ごととして民間外交を実践し、国内外へ“共躍のうねり”を広げていこう。

という強いメッセージが込められていました。  
これを受け止めた梶さんは、APICCを無事に開催するだけでは終わらせず、会議の在り方そのものに一歩踏み込み、再定義することに挑んだのです。

ただでさえ過密で難易度の高い国際事業の開催。それを“進化”させる道のりは、決して平坦なものではありませんでした。梶さんがどのような想いを抱き、どんな工夫をしてメンバーと共に会議をつくりあげていったのか。インタビューで詳しく伺いました。

── 2026年のAPICCの主管をするにあたり、梶さんはどのような課題感や想いを持たれていたのでしょうか?

【梶】
準備を進める中でずっと感じていたのは、「APICCって何なんだろう」という根本的な問いでした。 

実は私自身、前年に担当者としてAPICCに参加していたんです。それでも“何のためにやるのか”が自分の中でも掴みきれず、“例年やってるから”という流れで進んでしまっている感覚がありました。

毎年開催都市が変わるAPICCは、例年続いているにもかかわらず、どこか“単年度のイベント”という雰囲気があったんです。各国の取り組みを順番にプレゼンして終わりで、一番大切な“対話(ディスカッション)”ができていない。事前に準備した発表を聞くだけの場になっていて、翌年以降のアクションに繋がらないもどかしさがありました。 

さらに東京青年会議所内部を見渡しても、関わっているのは一部の国際系メンバーばかりで、運動としての広がりを欠いていましたね。

そのため、ただ発表を聞いて終わる単発のイベントではなく、参加者が目的を共有し、得られた成果や対話が翌年へと引き継がれる“継続的な会議体”へアップデートしたいと考えました。また、特定のメンバーだけでなく東京青年会議所全体にその機会を広げ、誰もが世界と繋がれるきっかけの場にしたいという強い想いがありました。

── 確かに、毎年開催都市が変わると連続性を持たせるのが難しいですね。この難題に梶さんはどのように取り組んだのか、ぜひ詳しくお聞きしたいです。

── “単年度の会議”から“継続的な会議体”へと一歩進めるために、具体的にどんな工夫をしたのですか?

【梶】
大きく2つのアプローチをおこないました。

1つ目は、東京青年会議所を含めた参加12カ国のLOM(ロム=各地の青年会議所を指す言葉)と、「APICCとは何のための場なのか」をディスカッション(対話)し“共通認識の形成”と合意の証を残すことです。

ただ、地域によって、メンバー600人規模の大きなLOMもあれば10〜20人と小規模なLOMもあり、抱えている課題もバラバラ。“どうすれば同じ視点・気持ちで対話できるか”が、事前準備の中で一番の難所でした。

そこで、私たちは無理に束ねようとせず、まずは各LOMの声を丁寧に聴くことからスタートしたんです。共通のテーマを見出しながら対話を重ねたことで、APICCの目的や運営方針を“APICC規約”という規定・宣言文の形にすることができました。最後に、署名セレモニーを実施し、想いと規約を次年度へ確実にバトンタッチする仕組みをつくり上げたのです。

ディスカッションメインで進んだ会議の中で、朗らかに笑う外川理事長(上写真、右から二番目)。

APICC規約の署名式。

2つ目は、普段は国際事業に関わらない委員会メンバーの巻き込みです。もちろん、メインで動くのは“海外接点拡大委員会”でしたが、 海外デリゲイツ(代表団)のおもてなしやアテンドを地区委員会メンバーにも担ってもらったんです。“国際事業は英語ができる特別な人がやるもの”という固定観念を壊して、誰もが当事者になれる環境づくりを意識しました。

── なるほど。会議の内容刷新だけでなく、関わるメンバーを増やし、東京青年会議所全体の国際事業に対する意識改革もおこなったのですね。

── 当日は空港での出迎えからクルージング、本会議での署名式まで過密なスケジュールだったと聞いています。実際の反応や手応えはいかがでしたか?

【梶】
言葉も文化も違う海外ゲストと向き合い続けた数日間でしたが、本番が終わったあと、参加した海外LOMの理事長から「今まで参加したAPICCの中で、過去最高だった」と声をかけていただいたときは、胸がいっぱいになりましたね。

この言葉をいただけたのは、海外接点拡大委員会だけでなく東京青年会議所全体がワンチームとなり、「海外ゲストを喜ばせよう!」と動けた証です。

豊洲のチームラボプラネッツから、豊洲市場散策。東京湾クルージングの船内では抹茶体験もおこなわれました。

また、「東京青年会議所全体でAPICCに取り組もう!」と声をかけてきた結果、普段、地区委員会活動以外で顔を見ないようなメンバーが多く集まってくれました。彼らにとっては初めての国際交流でしたが、翻訳機片手に英語でコミュニケーションをとり、クルージングで海外ゲストと一緒に踊ったりお酒を飲んだりと、積極的に関わっていました。

これがきっかけとなり、後日開催されたASPAC(新潟)の懇親会には、席が足りなくなるほど多くのメンバーが自発的に参加してくれたんです。「APICCに参加して良かったです。」で終わるのではなく、次は自ら進んで国際事業に関わっていくという、明らかな“行動変容”が見られたのは嬉しかったですね。

ネットワーキング(交流)タイムで、海外ゲストと名刺を交わすメンバー。
クルージングのディナーで海外ゲストと会話を楽しむメンバーたち。
船上では、ダンスにお酒に大盛り上がりでした。

── 今回APICCに参加できなかった海外デリゲイツからも、「東京青年会議所のメンバーと関わりを持ちたい」と連絡があったと聞きました。会議の内容はもちろん、おもてなしをした東京青年会議所メンバー全員の姿勢が素晴らしかったおかげですね。

── APICC以降は、ASPAC、国際政策室のマニラ渡航、環境政策室のバタビア(ジャカルタ)渡航、そして世界会議と、国際連携が続いたと伺っています。APICCがその起点になった実感はありますか?

【梶】
はい、非常に強く感じています。

APICCで対話を重ねて共感が生まれたことで、東京青年会議所の環境政策室がおこなった“ネイチャーポジティブ(自然再興)”を推進する事業を、JCIバタビアと連携して推進できることになりました。さらに、11月にフィリピン・クラークで開催されるJCIの世界会議では、JCIマニラと東京青年会議所の重要企画において、大役を任せていただくことになりました。

もともと目指していたのは、単なる“交流”で終わらせず、“対話” “共感”を経て、共に未来を創る“協働”へ繋げることです。まさに、今回のAPICCが起点となり、“国際交流”から“国際協働”に繋がったと実感しています。 

「協働のきっかけはAPICCだったんだよ」という言葉をいただく度に嬉しくなります。APICCで芽生えた熱量が、世界へ広がっている確かな手ごたえを感じますね。

東京観光後の集合写真。
会議後の集合写真。2026年のAPICCをきっかけに多くの国際協働が生まれました。

── 素晴らしいです!APICCをただの交流会にせず、対話や共感を重視した会議にしたからこそ、世界としっかり繋がることができたのですね。

── 大きなプロジェクトをやり遂げたことで、梶さんご自身やチームのメンバーにはどのような変化がありましたか?

【梶】
私自身で言えば、“完璧主義を手放し、人を信じて任せる勇気”を得られたことが一番大きな成長です。

最初は「自分が全部完璧にやり切らなければ!」と思っていました。しかし、膨大な課題に向き合う中で、リーダーの役割は周りの人が安心して力を発揮できる状態を作ることだということに気づいたんです。

全体の状況を俯瞰しながら“押さえるべきポイント”を見極め、話すときも「これちゃんとやってる?」と詰め寄るのではなく、「うまくいきそう? 不安なことはある?」と寄り添う声かけを意識しました。そうやってチームを信頼して任せてみたら、みんなが想像以上の主体性とパワーを発揮してくれました。

巻き込まれたメンバーの変化も目覚ましかったですね。
最初は「英語が話せないから…」とおそるおそるだった人たちが、知っている単語や身振り手振りを交えて必死に思いを伝え、言葉の壁を越えていきました。

何より嬉しかったのは、その挑戦を経たあるメンバーが、「次は自分が国際系の委員長になりたい!」と手を挙げてくれたことです。「自分だって世界とつながれる」という自信が芽生え、来年度のチームへ挑戦のバトンが繋がったことを感じました。

海外接点拡大委員会のスタッフと梶理事(右から三番目)。

── ご自身の意識変容だけでなく、メンバーの心にも大きな変化があったのですね。東京青年会議所の運動構築は決して楽ではありませんが、その分、確かなリーダーシップが育つことがよくわかりました。

── 最後に、まだ海外イベントに参加したことのないJCメンバーや、東京青年会議所のことをよく知らない方々へ、一言お願いします。

【梶】 
“国際事業”と聞くと、英語がペラペラな一部の特別な人のためのものだと感じてしまうかもしれません。しかし、決してそんなことはありません。私自身、本職はシステムエンジニアなので、仕事で英語を使うことはありません。むしろ英語は苦手分野。初めて海外に渡航して、国際の事業に参加した時は、「海外の人と話すのが怖い…。」という状態でした。

だからこそわかるんです。 大切なのは完璧な語学力ではなく、“目の前の相手と対話し、一緒に課題に向き合おうとする姿勢”です。国籍や背景の違いを恐れず、一歩踏み出して心を通わせる。その泥臭い挑戦のプロセスにこそ、人として、リーダーとしての大きな成長があります。

「英語が得意でなくても、海外交流できる!」を体感したスタッフ・メンバーたち。

苦手分野に飛び込んだ方が大きな成長が得られますし、何より、世界に一人でも友達ができれば、人生はもっと豊かになると私自身実感しています。

東京青年会議所には、誰もが“世界と向き合う当事者になれる”チャンスが広がっています。ぜひ恐れずに、一歩を踏み出してみてほしいですね。

── 貴重なお話をお聞かせいただきありがとうございました!

東京青年会議所には、国内や世界と深く関わる機会が数多く用意されています。どの事業であっても、本気で向き合った分だけリーダーシップが育まれ、見たことのない自分に出会えるはずです。決して楽な道のりではありませんが、そこで得られる経験と絆は、何ものにも代えがたい財産になります。あなたもぜひ、世界へ広がる最初の一歩を踏み出してみませんか。

メディア掲載

共同通信社に取り上げられました!

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ダイジェストムービー公開中

国境を越えた盛り上がりと温かい交流の様子が伝わる動画(7分)です。ぜひ併せてお楽しみください。

インタビューにご協力いただいた理事の紹介

梶 明日香

システムエンジニア

2023年東京青年会議所  入会(37歳)
2024年国際フレンドシップ委員会 副委員長
2025年国際フレンドシップ委員会 委員長
2026年理事 渉外戦略室 室長(40歳)

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